サカタカツミノブログ

まったく個人的なブログ。ブログなんてすべてそんなものだけど。

おいしさの純度について。

熊本産赤牛。ドライエイジングした肉のギュッとした味わいがたまらない。極めて美味。

濁りのない味に出会って感動することがある。美味さは好みだし、人によって感じ方もまちまちだが、旨さはある程度、一般化できるかもしれないと考えたりする。幾重にも重ねられた旨味の重層感がたまらない皿もあれば、まったく暴力的な味わいになってしまってそのとっ散らかりっぷりが気持ち悪いという皿もある。過剰なサービスは時として不愉快になるということと似ているのかもしれない。旨さの足し算も難しいが、引き算はさらにそれの上をいく難しさだ。知的好奇心をくすぐる。

立ち上る香りの先にある、てらいのない味に驚き、噛み締めた後に追いかけてくる更なる旨味に遭遇すると「旨いものを食べるのは止められない」と実感する。楽しさとは少し違う。美味しいね、という緩いふうでもない。どちらかというと面倒くさいといったほうが正しいかもしれない。だからこそ、そういう皿はたまに食べればいいのかなと思ったりもする。澄んだ味わいを意識して料理を作ってくれるシェフが一人でも増えればいいなと心から願っている。あ、でもそうなると散財するな、私。